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日本の統治構造(5)中央政府と地方政府

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お久しぶりです。今回は『日本の統治構造』(著 飯尾潤)の5回目ということで日本における中央政府と地方政府の関係について書いていきます。

 

 前回に、日本の政策は立案と決定が近接していることが、政策実施の観点からも良い方向に働くということを述べました。ただ、実際の政策実施に関して考慮すべきところがあります。それは、外交政策、防衛政策などを除いた多くの政策を実施しているのは都道府県や市区町村などの地方政府(地方自治体、地方公共団体)であって、中央省庁は地方政府に政策実施を委ねている点にあります。近年まで、日本の中央政府と地方政府の関係について、中央集権的な性質を持っていると批判されてきました。しかし、90年代後半に制定された地方分権一括法が『地方公共団体』と『国』は対等であると規定したほか、各地方公共団の首長の活躍も相まって地方分権が急速に進んでいるのも事実です。

 このように地方自治が語られる際には『分権』か『集権』かが問われる事が多いですが、問題はそれほど単純なものでもなく、『融合』か『分離』という軸も重要になってきます。中央政府が自らの政策領域では直接実施を担い、地方政府が独自に立案、決定、実施を行なっているとき両者は『分離』しています。この時、中央政府の権限の範囲が広い場合は集権的であり、そうでない場合は分権的になります。しかし、両者が融合している場合は話が複雑になってきます。多くの制作領域においてお互いが協力し合って仕事を進めている場合にはどちらが主導権を持っているのか見極めるのは難しくなってきます。実際、戦後日本の中央政府と地方政府の関係は融合的でした。例えば、義務教育を保障するのは中央政府の役割だと理解されていますが、実際に小中学校を運営するのは地方公共団体ですし、中央政府が用意する補助金は全体の半分であって、残りは地方政府が負担しているのです。また、警察の運営は地方自治の領域とされ、警察官の給与は地方政府が負担します。しかし、幹部以上の人事については中央の警察庁が行い、各都道府県警の店員も警察庁によって決められています。こうした例はあらゆる領域に広がり、ほとんど地方政府に最良の余地がない業務であっても、中央政府が費用を全額負担することはせず、実際に実務を行う地方政府が不足分を調達する必要があるのです。

 

 こうした仕組みを制度的に象徴していたのが機関委任事務制度というものでした。これは、中央政府の仕事を都道府県や市区町村が行う場合、その事務の仕事は地方政府が中央政府の機関として行うものであり、地方政府が行う仕事ではあるが、地方政府の領域ではないとする制度です。地方政府は業務の実行を拒否できず、地方議会も関与できませんでした。この制度は99年に成立した地方分権統一法で廃止されましたが、地方政府を国の機関とする見方は戦後長らく続いていました。もっとも、この制度があったからこそほとんどの中央省庁は制作実施を地方政府に委ね、自分たちで実施することが少なかったのです。その点では、この制度には二面性があり、一方で中央集権的に作用しながら、他方で地方政府の実務範囲を広げる働きもありました。その為、現在の日本の地方政府は諸外国と比べても以上なほど幅広い業務をこなしています。この事は特に注目されるべきことでしょう。

 この中央と地方の融合関係は高度経済成長の最中、まだ社会やインフラが成熟していないときは一定の成果を上げていました。例えば、外国の制度を調べて、新たな政策を中央政府が導入し、それを中央省庁の官僚の指示のもとに地方政府が実施するといった形です。80年代ごろから社会が成熟してくると、より高度な行政が求められるようになったり、それぞれの地方公共団体によって求める政策が違ってくるようになってくると、中央省庁の官僚は次第に現場の感覚とずれていきました。こうした状況では官僚の指示で地方政府が政策を実施するという形での運用は難しくなってきます。このように、日本の官僚制は意外にも政策実施に疎いという弱点を持っているのです。

 

 日本の財政における国民負担率から考えると、日本は先進諸国の中でかなり低い水準にあり、歳出総額からすれば中ぐらいの水準になります。公務員数から見れば、中央政府はもとより、地方政府を含めても人口比率はかなり少ない値になっています。こうした結果を見るとむしろ日本は比較的小さい政府を持っているということになります。しかし、実際に日本政府にそういった印象を持つ人は少ないでしょう。むしろ、中央政府が大きな権限を持って積極的な活動を行ない、社会の隅々まで影響力を行使していると考えられています。それはなぜなのでしょうか。

 まず、各省庁が持つ関連団体の多さです。例えば、公社、公団といった特殊法人です。また、民法に根拠を持つ財団法人や社団法人など公益法人であっても、実際には各省庁によって設立された団体が存在します。それどころか株式会社であっても、空港を担当する株式会社があるように、実質的に省庁の関連機関である場合もあります。事業者などが設立する業界団体も純粋な団体のように見えますが、各省庁の働きかけでできた団体も少なくありません。そのため、監督官庁が強い影響力を持っていることもあります。こうした団体がメデイアなどで問題になる時は、天下り補助金などが問題になりますが、そういったものが理由もなく存在するわけではありません。関連団体が政策実施に関して協力したり、実施そのものを行う場合もあります。また、政策立案に際して関係者の意見集約や、調査業務を関連団体が行う場合もあります。こうした関連団体を持っていることで各省庁の活動領域が外に広がっていくのです。

 このような現象は先進国全体に共通して起きており、こういった協力関係を『政策ネットワーク』と言います。この中でも、政策課題ごとに偶発的に関係が生まれる『イシューネットワーク』と、関係者が長期的に関係を結ぶ『政策コミュニティ』がありますが、日本は比較的に後者が多いとされています。さらに、関連団体のように政府の活動が社会に根付いている場合も多いです。例えば、税の徴収における源泉徴収などです。日本では源泉徴収に加えて複雑な税額計算まで、民間の会社がそれぞれ税務署の代わりに行っています。多くの給与取得者は、税務署と関係を持たないまま納税という重要な行為を終了することになるのです。こういったことは、企業の経理部門が政府の役割を一部肩代わりしている事例であって、見方を変えれば政府機能が会社の中まで浸透指定いるということにもなるでしょう。

 このように考えると、官僚内閣制では官僚が独自の支配集団を形成しているのではないことが分かります。一見して特権的な地位を築いているように見える官僚ですが、地方政府を使って政策を実施していると同時に、彼らの意向にも左右されています。また多くの関連団体を持っている省庁では、そうした団体の利益を代表する必要も出てきます。また、関連団体も自分たちの利益の代弁を官僚に期待しています。その意味では、日本の官僚制は社会的な利益の代弁者でもあると言えます。前回、政策形成において多くの場合は所轄課から始まるように説明しましたが、本当の出発点はそれぞれが抱えている関連団体なのです。政策をボトムアップ形式で形成していくことは、政策実施の観点からも有利であると述べましたが、それは実際に実施を行う地方政府や関連団体の意向を踏まえて、政策立案を行っていたというのが実態でした。日本の官僚制が社会に根ざした構造を持っているということは、一見官僚制の独自性を損なうように見えますが、それ以上に官僚制が社会的な基盤を持つことがその活動を支えるということが大事なのです。